東京高等裁判所 昭和43年(行コ)17号 判決 1975年1月30日
亡栗原利郎訴訟承継人
控訴人
栗原佐代子
ほか五名
右六名訴訟代理人
小島竹一
被控訴人
埼玉県知事
畑和
右指定代理人
山田巌
ほか三名
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実《省略》
理由
一(控訴人らの訴えの利益について)
原判決末尾添付目録(一)ないし(三)の土地(以下、本件(一)ないし(三)の土地という。)は、昭和二二年当事控訴人らの先代桑原利郎の所有であつたところ、これらは当時の自作農創設特別措置法(以下、自創法という。)第三条に基づく被控訴人の買収処分により国の所有となり、同二三年五月いつたんいわゆる三省次官通達(昭和二二農政第二四六〇号)に基づき売渡保留地に指定されたが、(二)、(三)の土地は同二三年七月自創法第一六条の規定により訴外大島に、(一)の土地は同二九年一一月農地法第三六条の規定により同村田にそれぞれ売渡されたことは原判決理由の説示(原判決理由二。同一二枚目表一一行目から同一三枚目表五行目まで。)のとおりであるから、これを引用する。
ところで、都道府県知事が自創法第三条により買収した農地については農地法(以下、法という。)第八〇条の適用があり(自創法第三条、第四六条、農地法施行法第五条、法第九条、第七八条第一項)、法第八〇条第一項は、農林大臣において買収農地が政令の定めるところによる自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは、これを売り払い、又はその所管換若しくは所属替えをすることができる旨定め、同条第二項は、右の場合には農林大臣は当該土地をその買収前の所有者又はその一般承継人に売り払わなければならない旨を定め、しかも、農地法施行令第一六条第四号は、買収農地が公用、公共用又は国民生活の安定上必要な施設の用に供する緊急の必要があり、かつ、その用に供されることが確実な土地であるときにかぎり農林大臣において法第八〇条第一項の認定をすることができる旨を定めているところ、法第八〇条に基づく売払制度の趣旨に照らすときは同条第一項の売払いの対象となるべき土地とは、同項の農林大臣の認定の有無にかかわらず、買収農地のうち農地買収の目的に優先する公用等の目的に供する緊急の必要があり、かつ、その用に供されることが確実であるという場合でなくても、当該買収農地自体、社会的、経済的にみて、すでにその農地としての現況を将来にわたつて維持すべき意義を失い、近く農地以外のものとすることを相当とするものとして、買収の目的である自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする状況にあるものをいうと解すべきである。
要するに、買収農地の買収前の所有者又はその一般承継人は、買収農地を前記自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、法第八〇条第一項の認定の有無にかかわらず、直接、農林大臣に対し当該土地の売払いをすべきこと、すなわち買受けの申込みに応じその承諾をすべきことを求めることができ、農林大臣がこれに応じないときは、民事訴訟手続により国(農林大臣)に対し右義務の履行を求めることができるものというべきであつて、このような場合に都道府県知事のした右土地の売渡処分が無効であるときは、右土地の買収前の所有者又はその一般承継人は右売渡処分の無効確認を求めることができるものといわなければならない。よつて、この点に関する被控訴人の本案前の主張は採用しない。
そこで、本件各売渡処分の無効確認を求める訴えの利益に関し本件各土地が法第八〇条による売払いの対象となるかどうかについて検討する。
(一) 本件(一)の土地について
<証拠>を総合すると、本件(一)の土地は、国鉄大宮駅の北西約1.5キロメートルに位置し、国道一七号線及びその周辺の商業地域からわずか一〇〇メートル離れているにすぎず、周辺には大成小・中学校があり、大宮市の都市計画図上は住宅地域とされている地域内にあること、右本件土地の周辺一帯は戦後次第に宅地化され、特に昭和二九年末頃からは宅地化が一段と進んだけれども、同四〇年当時においてもなお右本件土地の近傍一画の地域でその半ば以上の地積は未だ農耕の用に供されていたこと及び右本件土地は同二四年頃以前は訴外柳川虎蔵が耕作し、それ以後は訴外村田貫享がこれを耕作し現在に及んでいるもので前示買収当時から一貫して農地であることが認められる。<証拠判断省略>
右認定事実によれば、本件(一)の土地は、現に訴外村田が農耕の用に供している農地であつて、未だ買収の目的である自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当とする状況にあるとはいえない。もつとも右土地は、買収直後売渡保留地区として指定されたことがあり、最近その周辺は相当程度宅地化されていることは前示のとおりであるけれども、これらの事実によつて右土地が直ちに前記自作農の創設等の目的に供しないことが相当となるものではなく、他に前記認定判断を覆えして、右土地が右自作農の創設等の目的に供しないことが相当であると認めるに足りる事実は存しない。
そうすると、本件(一)の土地は未だ法第八〇条による売払いの対象となるものとはいえないから、当該農地の被買収者たる承継前控訴人利郎の一般承継人とし、これにかかる農地売渡処分や無効確認を求める控訴人らの本訴請求は訴えの利益を欠き不適法として却下されるべきものである。
(二) 本件(二)、(三)の土地について
<証拠>結果を総合すると、本件(二)、(三)の土地は、国鉄大宮駅の東南約1.5キロメートルに位置する相接続した土地で県道大宮川口線から約三〇〇メートル入つており、大宮市の都市計画図上住居地域とされている地域内にあること、その周辺は右土地の売渡処分のあつた昭和二三年以前は殆んど農地で占められていて宅地はごくわずかであつたこと、それ以後同三三年頃までの間にその半ば近くが宅地化され、同年頃以降に至つてその半ば以上が宅地化されてきたこと及び右本件土地は同二三年以前から訴外大島長松の先代が耕作し、右売渡処分後は右訴外人がひきつづき順調に耕作してきたものであるが、同三八年頃から耕地整理等のため用水の便が悪くなり収獲も半減するに及んで、ついに同四〇年末頃同人においてこれを埋め立てて宅地として整地し、翌年末にはその北端に住宅を建築するに至つたことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、本件(二)、(三)の土地は、昭和四一年末頃までには宅地化されて農地としての状態は完全に潰廃され、右潰廃の時点でもはや前記自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする状況になつたものというべきである。
そうすると、本件(二)、(三)の土地は昭和四一年以降法第八〇条による売払いの対象となつたものであるから、控訴人らは当該農地の被買収者たる承継前控訴人利郎の一般承継人として、これにかかる農地売渡処分の無効確認を求める訴えの利益を有する。
二(本件(二)、(三)の土地の売渡処分の効力について)
控訴人らは、本件(二)、(三)の土地は法第八〇条により旧地主に売払うべきであるのにこれを無視して訴外大島に売渡した前記本件売渡処分は無効であると主張するけれども、本件売渡処分当時施行されていた旧自創法には法第八〇条のような旧所有者に対する売払規定はなかつたのであるからこれを適用する余地はないのみならず、前示((一)、(二))のように、右本件土地が農地法第八〇条による売払いの対象となる状況になつたのは昭和四一年以降のことであつて売渡処分当時は未だ同条による売払い要件を充足していないのであるから、控訴人らの主張はすでにその前提において理由がないものというのほかなく、右土地にかかる本訴請求は棄却を免がれない。<以下、省略>
(杉山孝 古川純一 岩佐善己)